手と手つないで

 

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【8】

 その晩。伊佐地さんへの報告を終え、お祝いだという清司郎さんと朝子さんの作ってくれた心づくしの料理を食べた後のことだ。

 約束通り俺の部屋に現れた零に、俺は背中から抱きつかれていた。

 背中に、零の体温を感じる。零が首を少し傾けて、そっと首筋に顔を埋める。

 

「少し、動かずこのままでいてほしい」

「ああ」

 

 おずおずと伸ばされた零の右手が、肩、二の腕、肘、と掌で優しく俺の輪郭をなぞって、ゆっくりと下りていく。

 身動きを控え、息を潜め、零の好きなようにさせる。零は何かを確かめたがっている。

 俺の手までたどり着くと、零は掌で俺の指先を包みこんで撫でる。ごつごつした男の手なことが申し訳なくなるくらい、余程壊れやすいものに触れているようだ。

 ひとしきり撫でた後、零は五指を絡めて二人の右手を繋ぎ合わせ、鼻を鳴らした。

 

「……きみを、感じる。ずっと、こうしたかった」

「だから遠慮するなって、」

「あのままではどこか感覚が鈍くて、力加減も難しいんだ。それに、手を繋げないだろう?」

「手を……?」

「同じ形のひと同士だから、こうして確りと繋ぎ合わせることができる」

 

 絡む指に力がこもる。零の左手が腹部に回され引き寄せられ、体が密着する。

 声に切ない響きをのせて、恋しかった、と耳元で零が囁く。

 

「触れないようにしなければ、と思えば思うほど、きみから目が離せなくなるんだ。それから、悲しくなった。どうしてもっと、きみに触れておかなかったのだろう、と。手を繋いで一緒に歩いていられる今が奇跡だということを、おれは少し忘れていたようだ」

「零……」

「きみの全てを、覚えておきたいんだ。もっと深くで、きみを感じたい。……だめだろうか?」

「ダメじゃない。けど、これで最後みたいな言い方をするな」

「これが最後だったとしても、後悔したくないんだ」

 

 もしかしたらまだ、零はあの好戦的な姿の余韻に酔っているのかもしれない。

 腕の力は強く、わずかな身動きで触れ合う部分が減ることも耐えられないというように束縛される。

 零が感じていた苦痛を思えば悲しくもあり、俺に見せる執着が心地よくもある。これがつまり、惚れてるってことなんだろう。

 

「これが夢だったら、起きたらまた獣の姿に戻っていたら。考えると足下が崩れ落ちそうな恐怖に襲われる。だからこそ、もしそうなったとしても、後悔せずにすむ”今”を選択したい。きみが許してくれるのならば」

「許さないと思って聞くのか?」

「すまない。ずるい言い方だった」

「離さないのは俺の方かもしれないぞ?」

「構わない。離さないでほしい」

「わかってる」

「あ……。千馗……ッ」

 

 むずがる零を一度引き離して、正面から抱き合う。ぴったりと馴染んだ二つの体が重なり合い、二人して満足そうな吐息をついていた。

 心の一部はこれだけじゃ足りないと強請っているけれど、こんな穏やかな体温を感じて息を潜めているのも悪くない。お互い、我慢ができなくなるまでの少しの間だけ。

 

 

 夜が明けても零は人の姿のままで、俺たちは手を繋いだままで。

 目を覚ました俺たちは、どちらからともなく、引き寄せあうように口づけあった。”奇跡”が今日も明日も続いてくれることを祈りながら。

 

【了】

 

 

 

 

 

 

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