dearest

 

 葉佩に《宝探し屋》としてのスキルを教え込んだ師匠は、恋多き男だった。

 男も女もとっかえひっかえ。世界を飛び回っていて、各都市に恋人がいると言ってはばからない。

 その彼がある時大怪我を負い、リハビリと休養のため郷里に帰って来た。そこで葉佩と出会ったのだった。

 男が語る宝探しなどという眉唾ものの話を、周囲の人々は夢破れて帰って来た男の与太話として受け取った。

 きっと彼は、空想にしか聞こえない本当の話をすることで、周囲をけむにまくつもりだったのだろう。

 彼の家族以外で唯一、この話を信じたのが、近所に住んでいた葉佩だった。

 葉佩は、男の語る冒険譚をもっと聞かせてほしいとせがみ、試しにやってみろと教えられた解錠技術を喜んで習得した。

 そして男が現場に復帰することになった時、葉佩は彼の弟子となり、《宝探し屋》としての道を歩き始めたのだった。

 

 男の生き方に憧れて成長した葉佩は、自分もきっとそんな軽い恋をするのだろうと思っていた。

 葉佩が選んだのは、常に危険と隣り合わせの仕事だ。しかも、一つの所に留まることができない。

 優先順位の一番は仕事で、仕事の合間にちょっとした息抜きにするのが恋。

 ――そのはずだったのに。

 遺跡に眠る宝が一番の関心事だった遺跡馬鹿の自分が、ふと気づくと、自分がここを去った後皆守はどうするのか、なんてことを考えてしまっている。

 皆守に恋をしているのだと自覚した時、さすがに葉佩は動揺した。

 だが、この感情に名前をつけた途端、自分の不可解な行動もすべて納得できてしまったのだから仕方がない。好きな子に関心を持ってもらいたくてつつきすぎ、泣かれてしまう小学生。まさにその状態だ。

 ついさっきも、くだらない悪戯をしかけて皆守を怒らせてしまった。そして、文句を言うために葉佩の部屋にやってきた皆守を、希少なカレーで釣ってなんとか座らせることに成功した。

 何かしら理由をつけて皆守を部屋に呼ぶのは初めてではないので、皆守もぶつぶつ言いながらもすっかり慣れた様子だ。

 恋した相手が、自分のテリトリー内でくつろいでいる。そんな些細なことで幸せな気持ちになるのは、葉佩にとって初めての経験だった。

「さっきから、人の顔をじろじろ見てどうしたんだ?」

「ん? やっぱり好きだなー、と思って」

「カレーがか」

 皆守らしい答えに、葉佩は笑う。皆守の頭には、カレーが詰まっていたとしても不思議ではない。

 では、皆守の中で今、葉佩はどれくらいの領域を許されているのだろうか?

 ここで退くべきだという理性の忠告を無視して、葉佩はもう一歩踏み込んでみたくなった。

「いや、お前が。likeじゃなくてloveな」

「……ッ!? ……冗談はよせ」

 皆守の手から、スプーンが落ちた。

 突然告げられた、同性からの恋情だ。驚くのは当然だが、おそるおそる葉佩をうかがう皆守の表情に、嫌悪は浮かんでいなかった。ただ戸惑っている。

「残念ながら本気」

「信用できるか。誰にでも同じことを言ってるくせに」

「傷つくなあ。……っと、電話だ。ごめん」

 携帯が鳴り、表示を確認した葉佩はため息をつく。無下に出来ない相手だ。

 仕方なく、皆守に断って電話に出た。その間皆守は、黙々とカレーを食べ続けていた。

 十数分、相手の相談事に付き合って、通話を終了する。

 結局、告白は冗談にされてしまったなと苦笑しつつ、葉佩は食事を再開した。

 先に食べ終わった皆守はテレビを見ていたが、どことなくぼんやりしている。

 葉佩の皿が空になってもまだそんな様子だったので声をかけようとした時、ようやく皆守が口を開いた。

「さっきのことだが」

「ん?」

「お前が本当に本気で言ってるんだとしたら……俺はどうしたらいいんだ?」

 困り果てたような皆守の言葉に葉佩は目を丸くする。そして言葉の意味を飲み込んだ途端、こらえきれずに吹き出した。

「笑うなッ」

「いや、だって、それをいきなり聞いちゃうの!? 好きだって言われた相手に!?」

「どうしたらいいかわからないんだよッ」

「まずはYESかNOか返事しなきゃでしょ。それ言う前に、何したらいいかってそりゃ、食ってくれと言っているも同然よ?」

「なッ……誰もそんなこと言ってないだろうがッ」

「じゃあ、キスさせてくれ、いやその先も、って返されたらどうするのよ?」

「……ッ。……」

「ほら、困るだろ。だから、」

「……構わない」

「え?」

 葉佩はギョッとして、伏し目がちにとんでもないことを言う皆守を見つめた。

 己の耳が、都合良く言葉をねじ曲げているのではと疑ってしまう。

 動かない葉佩に焦れたのか、皆守はもう一度繰り返す。

「俺は、構わない。……お前がそうしたいというなら」

 お前がしたいなら――その言葉が、葉佩の浮かれた頭を急速に冷やした。

 ――では、皆守は?

 皆守は葉佩に隠し事をしている。それはきっと生徒会や遺跡にかかわることで、眠りが浅くなるほどに皆守は悩んでいる。

 葉佩の願いを叶えたいというそれが、、葉佩が望む恋情ではなく、皆守なりの贖罪でないと言えるだろうか。皆守は意識していないのかもしれないが。

 葉佩は迷い、結局伸ばしかけた腕を引いた。

「……やめとこう」

「なぜだ?」

「一、寮の壁は薄い。二、不純異性交遊は校則で禁止されている」

 ことさらに真面目ぶって、告げる。

 皆守は一瞬あっけにとられていたが、後から怒りが湧いてきたのだろう、すごい目つきで葉佩を睨んできた。

「……お前、ふざけてるのか?」

「いやいや、俺たちは”異性”じゃないとはいえ、大事なことだ。だから、すごく残念だけれども今は我慢だ、甲太郎」

「お前が校則を守る気があるとは思わなかったぜ」

「仕事に関係ない所では良い子よ、俺。だから――卒業したら、な?」

「ッ」

「それまで楽しみに待ってるから」

「……勝手にしろ」

 皆守は無表情で言い捨てると、去っていく。たたき壊そうというような勢いでドアが閉まる音が響く。

 荒っぽい足音が遠ざかって聞こえなくなると、葉佩は両手で目を覆い、深く深く息を吐く。

 葉佩は気づいてしまった。これは、一時手に入れて満足できる程度の想いじゃない。

 入手した秘宝を協会に渡して功績を認められ、また次の遺跡へ向かう。

 そんな風に、簡単に切り替えられる想いじゃない。

 師匠のような恋多き男に、葉佩はもうなれない。葉佩は”唯一”を見つけてしまった。

 皆守を連れて行きたいと強く思う。

「……本気だから、簡単には手を出せないんだっつうの」

 かすれた吐息が、一人の部屋に零れて落ちた。

 

【了】